原発設置反対同盟

熊野の原発の話です。


今日のポメ兄妹の記事は、この記事の下です。

興味の無い方は、スルーしてくださいね。

獅子岩

今から40年ほど前、私の生まれ故郷・三重県熊野市に、原発建設の話が
持ち上がりました。

今も昔も、陸の孤島と呼ばれるくらい、辺鄙なところです。

原発を受け入れたら、過疎が進む町に雇用が生まれ、道路や立派な施設を
作ってもらえ、たくさんの補助金や税収が得られる・・・・・

当時は、今ほど原子力発電所についての危険性については、知られていません
でした、と言うより、知らされていませんでした。

事故があっても、隠ぺいしていた時代です。




マブリカ

私の母方の祖父は、原発誘致の話を聞いて、即座に、

『原発は、原爆と同じだ。
 あんなものを子孫のためにも、作るべきではない!』

と言っていたのを、母は覚えているそうです。

そして祖父は、原発設置反対同盟を立ち上げ、反原発のリーダーの1人に
なりました。




熊野市五郷町

そんな祖父が、市民の前で講演をしたらしく、その原稿が出てきました。

残念ながら、日付が入っていないので、いつの頃かは、はっきりしませんが、
おそらく昭和50年代前半だと思います。

このお気楽なポメブログに掲載するような話題ではないかもしれませんが、
子孫が安心して暮らせるよう、頑張った祖父の心をぜひ、知っていただきたいと
思って、ここに掲載します。




IMG_0622_convert_20110714161922.jpg

新年おめでとうございます (どうやら年明け早々だったようです)

私は 熊野市井内浦原発設置反対同盟の向井 比徳です

原子力開発には 『自主・民主・公開』 の三原則があります

熊野市民は 昭和47年と49年の2回にわたり 原発拒否を市議会で決議して
頂きました

したがって 熊野市には 法的にはもちろん 市民感情からしても 原発問題は
存在しない事になっています ※注1

しかるに中電は 政治と結託し 金をばらまき 自主・民主を金で買おうとして
います ※注2

原発問題を考える時 3つの見方があると思います
『1.経済的 2.政治的 3.人の生命と安全の問題』 です

くわしく説明出来ませんが 私共の主張するのは 地域住民としての安全と
子孫の生命の問題です

熊野市民の大多数は 原発反対です

昨年八月 熊野市商工会議所T会頭は 開発推進の総本山・通産省の役人や
賛成の学者をよんで 賛成の勉強会を計画しました

反対同盟は 賛成につながるものとして 強く反省を求め 商工会議所会員
280名余の署名をもって 中止を申し入れましたが T会頭は これが会社で
私が社長であれば 重役会の否決した事でも実行するとうそぶいて 強行いたし
ました。

自主・民主を忘れた暴走です

このやり方は 商工会議所の運営に暗いかげり感じました

一年たって そのあかしかの様に 某役員が 突然辞任されました

原発の賛成反対は 各個人が 『自主・民主』 の原則にしたがって 自由に決める
事です

まして子孫の生命や安全にかかわる事を決定する権利はありません ※注3

私共の反対運動は 金儲けでも 政治的野心 ありません

子孫の平和と健康と生命を守る運動です

原爆と毒ガスは 第二次世界大戦に大量殺人兵器として開発され 戦後は 金儲けの
ため原発と農薬に変身しました

共に人類と共存する事は出来ません

私共は 僅か30年くらいの間に合わせのために使うエネルギー ※注4 としては
あまりにもその代償が大きいからです

井内浦に予定されている原発120万kwから 死の灰プルトニームが250トン
以上出来ます

長崎の落とされた原爆の50発分に当る量です

その半減期は 2万4千年 全くなくなるのに60万年かかると本に書いてます

私共は 現在の生活の便利のために 子孫にその管理をさせてはなりません

そのための原発反対運動です

原発は 元来 危険なものです

安全だと言う人は 世界中に一人も居りません

先日講演したS屋 太一氏のみが 原発は安全でクリーンだと言いました

カーター大統領を初め 先日 東京で開かれた日本学術会議でも 会長F見氏が
原発は危険であると言ってます

そして今や 政府は 政治・経済・教育にわたり一大発想の転換をすべきだと
思います

民主に義の根元は 平和で安心して生活の出来る環境と 自分の命同様 他人の
命を尊重する事です

まして子孫の生命は 永久の生命(いのち)です

私共の原発反対運動は やがて子孫から 感謝される日が来ると思います

原発反対運動は 1軒で 1日1円 年間360円で入会して頂き 会員として
名前を記録する事で 原発反対のあかしとして永久に残ります

お誘い合わせてご入会して下さるよう お願いします

ご清聴有難うございました


 以上です。

漢数字を算数字にしたり、名前を一部イニシャルにした他は、原文のままです。

お読みいただき、ありがとうございます。

現在、この反対同盟は、ありません。

以下に、少し補足をさせていただきます。

七里御浜2

※注1
熊野市議会で、2回、原発誘致反対の決議をしているので、その後、反対運動は
盛り上がりませんでした。

市全体の雰囲気として、原発問題をもうこれ以上話したくないという空気が漂って
いたようで、表面上は、原発問題は、もうない!ということになってました。

原発の話が持ち上がった地域は、どこでもそうだと思いますが、賛成反対で
仲の良かった住民が、敵味方に分かれて争ったため、もう蒸し返さないで、と
言う気持ちが強かったのでしょう。

※注2
原発推進派のいやらしいところです。
反対決議をしても、建設凍結、延期などと言い、その地域への原発設置を
絶対にあきらめません。
熊野市の有力者や、市議などに、水面下で、色々な働き掛けがあったようです。

※注3
熊野市の意志として、反対を決議したにも関わらず、会頭が誘致を進めるような
動きを見せたことに対する批判だと思います。
『あなたに子孫の安全を脅かす権利はない』 ということだと思います。

※注4
30年とは、原発の稼働年数のことです。
今現在、延命措置で、40年以上運転している原発もありますが。
そのわずか30年しか電気を生み出さない原発が、その後、何万年も有害な放射能を
まき散らすゴミを大量に出すことを言っています。




七里御浜

たった30年間の便利な生活のために、子孫に莫大な負の遺産を残すことを
祖父は、何としても阻止したかったのです。

もし、原発を受け入れていたら、伊勢自動車道も、もっと早く熊野まで伸びて
いたでしょう。

たくさんの補助金や税収で、立派な温泉施設や体育館が、立ち並んでいたかも
しれません。

実際、過疎化が進み、就職先も少なく、どんどん衰退してく熊野を見て、

『あの時、原発を誘致した方が良かった!』 と思う人が増えていたと思います。

3月11日の東日本大震災が起こるまでは・・・・・・


もし、熊野に原発ができていたら、福島と同じくらい古い原発施設でした。

そして、いつ起きてもおかしくないと言われる、東海・東南海地震の震源域に
建つ原発でした。

祖父は、遠い将来、子孫に感謝される日が来ると思っていたようですが、意外と
早く感謝される日が来たようです。

もう誰も、熊野に原発があったら良かった・・・とは、思わないでしょう。

私も、祖父たち反対同盟の方々に感謝しています。

祖父と反対運動をした人たちは、もうほとんどこの世にいません。

原発を推進してきた方たち、特に自民党と産業界のお偉方は、今回の福島の事故を
真摯に受け止め、反省し、祖父たちが守ろうとした子孫の生命の安全のため、もっと
知恵を出し合い、協力し合って欲しいと思います。

我々国民一人一人も、今の生活を見直す時期に来ているのだと思います。

私の個人的意見ですが、どうしても原発を推進したい、今休止中の原発の再稼働を
したい国会議員のセンセイ方や、経済産業界の方たちは、福島の事故のせいで、
避難生活を余儀なくされた人や、そのせいで失業された人たちを回って、原発の
必要性と安全性を説明し、賛成の署名をもらってきて、それを国会に提出して、
議論しては、いかがでしょう?

その人たちの過半数の賛成を取り付けて、そこで初めて、再稼働・推進の話が
できるんじゃないですかね?

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Comments 8

ノエママ  
浜岡原発、チェルノブイリ

 熊野に原発を誘致する話があったこと・・・この記事で
初めて知りました。もし、推進派が優勢だったら、
獅子岩の向こうに、巨大な壁に覆われてた発電所が
写っていたのかな・・・と、想像しながら読みました。

 原発を実際に見たことありますか?私は見たことあります。
静岡市で生まれ育った人間なら、大多数が見たことが
あるでしょう。
 浜岡原発。菅さんが思いつきなのか、どうなのか分かりかね
ますが、「浜岡は危ないから止めろ」と言って、注目された
御前崎市にある原発です。
 浜岡には、綺麗な砂丘があって、静岡市の小学生の遠足の
定番コースです。正直、遠足で行った時の記憶は、あまり
ありません。でも、中学生の頃だったか、家族で御前崎海岸へ
遊びに行った時、雄大な大海原と不釣合いな、いかにも人工的な
巨大な建築物に、奇妙な感覚を抱いたことと、父が「原発だ。
化け物だな、ありゃ。」と言ったことを覚えています。愛媛の
西宇和の海で生まれ育った父は、心の拠りどころである
海のすぐそばに作られた発電所を、複雑な気持ちで眺めていた
のかもしれません。
 静岡は、私が子供の頃から、30年以内に巨大地震に見舞わ
れると言われてきた街です。それなのに、どうして、静岡の
突端の御前崎海岸に、原発が作られたのでしょうか?
 不思議なことに、東海大地震の話題が出て、推定死亡人数・
推定倒壊家屋数を述べるニュース・キャスターも、中電のお偉い
方も、まるで浜岡原発は違う次元に存在するかのように、
安全性を謳っていました。

 大学時代、チェルノブイリ原発事故で故郷を追われた
子供たちが、チャリティーコンサートを行なうために来日し、
その子たちのお世話をしたことがあります。中には、
病気の子供もいました。治療費等を稼ぐために来たのです。
民族衣装を着て歌ったり、踊りを披露してくれましたが、
あの子たち、今は、どうしているのかな・・・。

 今日の記事、確かに重い話題ですが、いろいろ考えさせられ
ました。おじい様は、当時、いろいろ御苦労されたことでしょう。
電力会社は、街の経済的繁栄を『人質』にとって、話を進めて
きたでしょうから。
 熊野に原発が建設されなくて、本当に良かった!
だいたい、熊野は霊場ですからね。そこを破壊して、あんなものを
作ったら、それこそ天罰がくだりますよ。
 なんか、美しい熊野灘が見たくなりました。その時は、案内
よろしくお願いします!

2011/07/14 (Thu) 18:02 | EDIT | REPLY |   
レオママ♪  
No title

全部読みました!
学がないので良くわからない部分もありますが
全体的な内容はなんとなく理解できました。
ずいぶん以前の事ですので、今の時代のように
ネットで調べるとかできない時代。
それでもおじいさまは一生懸命お勉強して
危険だと言う判断のもと反対されてたんですね。
本当に地元のみんなには今頃になってしまいましたが
感謝されてると思います。
原発の稼働がわずか30年とか、その後何万年も
有害な放射能を出すなんて、お恥ずかしながら
まったく知りませんでした。。。
宮城にも女川原発があります。
福島の原発よりも大きな津波を受けてるはずなんですが
実際はテレビでも報道もなく、休止中だったとか、
津波対策してあったとか不確かな情報ばかりです。
ただ、報道されてないから今のところは安心なのかな?とか。
福島の方達は地震、津波、原発、風評被害・・・。
これでもかと言う大変な思いをなさってると思います。
世の中便利さばかりを追求して、自然を壊し過ぎてますね。
三重県熊野市・・・とても綺麗な海なんですね!
おじいさまが守ってくれた美しい海。
本当に感謝しなくてはですね!!


 

2011/07/15 (Fri) 12:49 | EDIT | REPLY |   
けいたん  
Re: ノエママ さま

熊野は、早々に誘致反対の議決を2回も出したのでよかったですが、
同じ三重県でも、芦浜は、最近までモメたので、町民の方は、ホント
大変だったと思いますよ。
誘致の話が来るだけで、大きな争いのタネになりますし、一度でも
賛成の議決が出ると、その後、市民がどれだけ反対しても、建設され
ますからね。

そして、建設された後は、内心、放射能漏れにビクビクしながらの
生活だと思います。
浜岡だけでなく、そもそも地震大国・日本に、原発を作ること自体が
間違い!

チェルノブイリも、いまだに放射能の影響に苦しむ方が大勢いるし、
日本もこの先、10年、20年たった時、一体どうなるのか?
原発再会・推進派の国会議員のセンセイ方は、『今』 しか考えていない
ように思います。
『今』 を考えるなら、避難されている方や、風評被害に苦しむ方のことを
考えてくれたらいいのに、その方たちの 『今』 は、全く頭に無いようです。
祖父のように、『子孫(将来)』のことを考えて、冷静に議論して欲しいです。

熊野に来られるときは、ぜひ、ご一報を!

2011/07/15 (Fri) 20:04 | EDIT | REPLY |   
けいたん  
Re: レオママ♪ さま

祖父が、反対運動をした時は、高専の化学の先生を呼んで勉強会を開いたり、
原発関連の書籍を読み漁ったようです。
私が中学の時に亡くなったので、生きていたら、話を聞きたかったです。
高血圧だったので、原発の問題が大きなストレスとなり、脳血栓のため何度も
入退院を繰り返しました。
多分、原発が、祖父の命を縮めたのだと思います。

女川の方は、確かに、全然話題になりませんよね。
地震と津波の影響が皆無だったとは思えませんが、騒ぎ立てるほど大きな
放射能漏れなどは、なかったのでしょうか?

原発のことを、政治家も、学者、マスコミも、クリーンなエネルギーだと
宣伝しているのが、ずーっと不思議でなりませんでした。
他の発電方法より、二酸化炭素を出す量が少ないから、クリーン???
二酸化炭素を出すのがいけないなら、出した分を吸収できる森を作ればいい。
日本だけじゃ足りないなら、発展途上国にお願いして、植林させてもらえばいい。
でも、原発の出す有害な放射能は、木を植えても、無害化されない。
原発のどこが、クリーンなんだ?どうして、誰もそこをツッコまないんだ?
そう思ってました。

熊野に原発ができなかったことを、祖父に感謝していますが、各地での反対運動が
全国規模にならなかったことが、残念です。

2011/07/15 (Fri) 20:22 | EDIT | REPLY |   
青  
No title

その昔 小学校の頃数年間熊野市で過ごしました。
こちらの記事を読んで熊野にもそんな時代があったのだと感じました。
もう熊野には住んでいませんが、年に数回は熊野を通過します。(嫁さんの帰省のために)
幼少期を過ごした自然豊かな熊野に原発が出来なかったのは本当に何よりだと思います。
昨年末に嫁の実家を一人抜け出し、熊野市内を自転車でうろうろしていました。
懐かしく過ごした町並みはなんだか当時よりも寂しくは感じましたが、暖かな気持になりました。
獅子岩の写真に惹かれ記事を読みましたが、
おじいさんの頑張りが、今の熊野を守っていただいたのだと思うと
ありがたい幼少期を過ごせたのだと 感謝です。



2012/01/08 (Sun) 17:28 | EDIT | REPLY |   
けいたん  
Re: 青 さま

今は、記念通り商店街の辺りとかも、人が少なくて、青さんの
子供時代と比べると、かなりさびれた感じですね。
でも、青い海と空は、昔のままでしょ?
獅子岩は、風化で崩壊の危機にあるらしいですが・・・・
以前は、原発があれば、熊野はもっと発展していたのに!という
声も聞かれましたが、今は、本当に祖父たちに感謝です!

2012/01/11 (Wed) 17:43 | EDIT | REPLY |   
橋本 達也  
はじめまして

はじめまして。突然のコメント失礼いたします。

この文を読ませていただき、率直に『昔も今もかわらないなぁ。』と思いました。

と、いうのも今現在、熊野市に【がれき受け入れ】の話があるのはご存知ですか??これはあまり知られていない話ですが、電話で確認したところ、まだ決定ではないがそういう話が出ていることは事実らしいです。

がれき受け入れには大きな疑問点がたくさんあります。安全面はもちろん、輸送費や焼却費などのお金の問題。そこには、昔と変わらず私利や私欲が大きく関わっていることでしょう。そのために未来の安全を汚されるなんてまっぴらです!!

そういう想いもあり、僕たちは友達と数名で立ち上がり、新宮で少数ながらも反原発を訴えたデモ(新宮でもデモ ワンラブマーチ)をやったり、この8月2日18時30分には、熊野市の文化交流センターに【いけだ こみち】さんという人を招き、放射能がれきの危険性を皆さんに知ってもらおうと、入場無料の講演会を開く予定です。

古くから、そしてお祖父さんたちが守ってきた安全な未来、そしてこの素晴らしい自然の残る熊野を、今度は僕たちが未来の子供たちに繋げていく義務があると思います。興味がございましたら是非ご参加いただければ幸いです。

僕たちもお祖父さんたちの意思を受け継ぎ頑張っていきたいと思います。長文失礼いたしました。

2012/07/30 (Mon) 11:09 | EDIT | REPLY |   
けいたん  
Re: 橋本 達也 さま

コメントのお返事が遅くなってすみません。

熊野市のがれき受け入れの話は、初めてですが、知事さんが、
そういう話をしているので、あっても不思議ではないですね。
被災地のことを考えると、一刻も早く、かつ安全に処理できたら
と思いますが・・・・

残念ながら、8月2日は、講演を聞きに行けませんでしたが、
がれきや放射線の何が危険で、どうすれば安全・安心なのか、
知ることは大切だと思います。
今みたいに、インターネットもない時代、祖父たちも、本を
呼んだり、そういうことに詳しい人を招いて、勉強会を開いた
そうです。

今回の福島の事故で、ようやくまともに原発について議論する
ことができるようになったので、色々な意見を聞いて、しっかり
自分の頭と心で考えて判断していきたいです。

コメント、ありがとうございました。

2012/08/11 (Sat) 19:42 | EDIT | REPLY |   

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ポメラニアンの獅子丸と楓の日記です。たまにカメのロブ君も登場するかも・・・
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